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プロローグ「開く家と閉じる家」

家の形は、その家を形作った文化を体現している。 元々の住まいの原型を考えるのに、歴史は文明の始まり頃まで遡る。

まずは日本の家づくりを考えてみる。
縄文時代から弥生時代に多く作られた「竪穴式住居」を思い出してほしい。
元々の日本の建物は、雨風から身を守る「屋根」から作られた。 それから採光、出入りのしやすさを求め、その屋根を「柱」を用いて宙に浮かせた。 つまり、日本の家づくりの原型は屋根と柱のみの構造体である。 東屋などがイメージしやすいだろう。

しかし、屋根と柱だけでは、外敵や雨風といった自然環境に対して無防備なので、その柱と柱の間を時々閉じることができるように考え、「建具」が備わった。建具は引き戸が基本だ。 つまり、「本来開いてある開口部が基本で、時々閉じることができるように建具がある」のが元々の日本の家づくりであり、「開く家」の原型である。

一方、西洋の家づくりを考えてみよう。
「三匹のこぶた」というおとぎ話を思い出してほしい。 わら、木の枝で建てた家がオオカミに壊されてしまい、3匹目の子豚は、何を用いて家を建てたか。 そう、レンガである。 つまり、欧米の家づくりの始まりは、石やレンガでつくった強固な「壁」であった。 しかしそれだけでは頭上が無防備なので、「屋根」を取り付けた。 その後、採光や出入りを考えて壁を時々開けることができるように考えたのが「建具」。 つまり、「本来閉じてある壁が基本で、時々開けることができるように建具がある」のが元々の欧米の家づくりであり、「閉じる家」の原型である。

気候風土は異なれど、なぜこのような違いが生まれたのだろうか?
それは、「自然」に対する考え方の違いによると言われている。 分かりやすいように、「水」を例に挙げて、それぞれの自然観について考えてみる。

“開く家”圏の考え方は、人間は自然の一部であり、自然は尊く、厳かで敬愛すべき対象と考えられる。 小川の水が自然の摂理に従って川上から川下に逆らうことなく流れるといった、自然本来の姿を美しいと感じる。 これは“清流文化”と呼ばれ、日本人が長らく育んできた感性だ。
一方、“閉じる家”圏の考え方は、人間と自然は敵対し闘う相手である、というものだ。 自然に負ければ死んでしまう。 そのため、人間の力や技術によって支配下に置き、下から上に吹き上げるような噴水などを美しいと感じる”噴水文化”が、西洋文化が長らく育んできた感性であると言える。

このような自然観の違いにより、建物の考え方が異なっていった。 その家づくりの中でも、最も違いが顕著に現れるのが軒の深さやサッシ(窓)のデザインである。

「開く家」では、自然と建物内をつなげて快適な環境を作りたいと思う。 そのため、特に太陽の光を取り入れられる南側に大きなガラス面の窓が多数設置される。 「閉じる家」では、自然は敵のため、外と中の差を広げ、室内を快適にしたいと考えるため、小さく少ないガラス窓が必要とされる。

本来日本には開く家づくり、自然を敬う文化が根付いていたが、西洋文化の流入で「閉じる家づくり」が多くなってきた。 一方で、本来閉じる家づくりが多かった西洋圏では「開く家づくり」が評価され始め、大きな窓ガラスを使い、木造建築が多くなっているのが非常に興味深い。

この2つの系統に、正しい、間違いはない。
ただ、これから展開していく建築工房零の家づくりは、「開く家づくり」の考え方で形作られている。 そのことを踏まえ、次のページを読み進めて頂きたい。